*-*
Blog・( チェルノブイリ・原子力発電事故から 20年 )
1986年 4月26日、チェルノブイリ原子力発電所で事故が起こった。その当時、ウクライナはソビエト連邦に属していた。
原子力発電所事故から、きょう 4月26日で、20年となる。まだまだ、問題が山積しているのが・チェルノブイリ原子力発電所を持つ地域周辺である。
原子力発電所・事故から20年が過ぎ、事故に付いて世界の関心が薄れつつある、こんにち。
ウクライナ政府は国連と共に世界に訴え、原子力発電所を覆う老朽化した「 石棺 」と言われるコンクリートの建造物の修復に資金援助を訴えた結果、来年度から修復作業に取り掛かるめどがたった事から計画通り修復作業が出来そうとの事である。
高い放射能によって「石棺」崩壊の危機が叫ばれていましたが、何とか計画通り進められそうである。
問題は原子力発電所だけでなく、その周辺地域では放射能に汚染された土壌改良が現在行われていて、国家プロジェクトとして農産物の生産計画が進行している。果たして、安全性は大丈夫なのか、専門家の間から批判の声が出ていると言われている。
また、事故周辺地域に住民が戻りつつある問題もあり、健康への影響が心配されている。
この様な現実が今の、ウクライナ・チェルノブイリ地区と言えるようだ。
*-*
*——————————————————————–*
☆・- チェルノブイリ と 聖書 -
「 チェルノブイリ 」 が 「 ニガヨモギ 」 と 翻訳されることがある( この翻訳が正しいかどうかは議論の余地があるが ) このことから、英語圏のキリスト教徒の間で、チェルノブイリ事故は聖書の中に記されている、ヨハネの黙示録の一節に符合する、その様な伝説が生まれた。
※- 黙示録第8章 「 ニガヨモギ 」 という章があり、燃える巨星が落ちて多くの人が死んだという記述があります。
この話の発祥( 少なくとも西側に広まることになった最初の起源 )は、ウクライナ語で「 ニガヨモギ 」を 「 チェルノブイリ 」というのだという氏名不詳の「著名なロシア人作家」の主張を引用した、サージ・シュメマン(Serge Schmemann)による、ニューヨーク・タイムズ紙の記事だとされている。
この都市の名前はウクライナ語で、mugwort(Artemisia vulgaris)を意味する チョルノブイリ"chornobyl"から来ている。
この語は、チョールヌイ(chornyi、黒い ) と ブイリヤ ( byllia、草の葉または茎 )を組み合わせたものであるから、直訳すれば黒い草、または黒い茎という意味になる
*-*
チェルノブイリ原子力発電所は、ウクライナ(当時はソビエト連邦)のチェルノブイリ近郊にあった原子力発電所。
1971年に着工され、1978年5月に1号炉が営業運転を開始した。
1986年4月26日1時23分(モスクワ時間)に4号炉が爆発。
その後も1号炉~3号炉の運転は続けられたが、2000年に稼動が停止されている。
1986年当時建設中だった5号炉と6号炉は、建設が中止された。
4号炉爆発事故当時の正式名称はV・I・レーニン共産主義記念チェルノブイリ原子力発電所
( Wikipedia から = 多少文章を加工してあります )
*-*
2005年 4月26日 ”風の道草”
ピンバック: ≪ Page Guide ・ 総 目次≫ | “風の道草”