下村治 と 池田勇人

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※- 下村治と池田勇人総理の「所得倍増計画」
 
NHK・TV番組 「その時、歴史が動いた」から、池田勇人・総理大臣が昭和35年に打ち出した「国民所得倍増計画」。
 
戦後間もない当時、貨幣価値は殆ど無く、物々交換など庶民の生活は困窮していた。
 
この計画を立案したのが下村治氏で、終戦後の食糧難の中で庶民の力強い生活ぶりを肌で感じた経験から、彼の所得倍増構想が生まれたと言われる。
 
しかし、戦争後間もないその時期に下村氏の構想は多くの経済専門家の中から反対の意見が上がった。
 
そんな時、下村氏に理解を示していたのが池田勇人だった。彼の構想は池田勇人が総理になった事により 「 所得倍増計画 」が推進されることになる。
 
紆余曲折は有ったにしろ所得は確実に毎年伸びていった。だが、下村氏が計画した「所得倍増計画」は目標達成目前にして日本経済は失速した。
 
その時、彼は国債の発行を提言した。しかし、戦争当時の悪夢を心配する声が多くなかなか説得できないでいた。
 
下村氏の構想は、国民が豊かになることで需要が増え経済は成長を続ける事が出来ると、当時の情勢分析から確信していた。
 
経済が失速したにも関わらず、この時でも国民所得は確実に増えていた。
 
そういった実情もあり国債の発行が認められ所得倍増計画は達成されることになる。
 
その頃から国民の多くが中流階級を意識する社会構造が生まれ、国民の消費活動が活発になり経済大国日本へと進んで行った。
 
下村治氏は晩年、日本が世界のマーケット(投機産業)に参入する現実を憂いていた。マネーゲームでは何も生まれない。ただ、強者の論理でしかない。
 
此れからの日本社会は、江戸時代に戻るのが最も相応しいと述べている。
 
先ごろ、キッシンジャー元国務長官が日本を訪れ、あるテレビ番組で政治指導者の取るべき行動として、下村氏と同じような事を言っていた。
 
国の有るべき姿を考える時、その考えが最も実現出来るであろうその時期が今から何年後であるか、そのギリギリ達成可能な国の姿を予測して計画を立てることだ、と述べていた。そこには世界情勢など加味した国の姿が映し出されるであろう。
 
至って自然な言葉でありながら、日本の総理は「 美しい日本 」を掲げている。
 
単なる絵に描いた餅で終わらない為にも、確りした計画を国民に示す必要がある。 しかし・ ・ ・ それは、いつ頃を予測しての安部総理の言葉なのか、全く国民に伝わって来ない気がする。
 
知らないのは ・ ・ ・ 私だけ。 仕方ないか、頭が悪いから!!
 
*-*
 
 2007年 4月16日 ”風の道草”
 
            
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