細川内閣は何故、つぶされたか

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※- 細川内閣は何故、つぶされたか
 
1993年-8月に、第79代-細川護煕氏が総理大臣になった。もう、14年も前のことになる。
 
しかし、残念ながら細川内閣は一年も持たずに総辞職した。 細川内閣が4年間続いていれば日本の政治は変わっていたと言えるでしょう。
 
細川内閣は政策で失敗した訳ではない。確かに、消費税を7%に上げる事で党内からも反対はあった。
 
しかし、あの時、実行できていれば、こんにちの財政硬直化には成っていないと私は思うし、実行して欲しかったと思っている。
 
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ここから本題へと進みますが、細川内閣の誕生によって野党となった自由民主党はスキャンダル探しに躍起となっていた。
 
細川氏は特に、佐川急便問題などで追及された。では、その出所は何処から持ち込まれたのか? 自由民主党はその時点まで長期政権を維持してきた。
 
要するに、国の中枢にいて全てを把握出来た政権政党である。
 
権力の中枢を長期間握られると言うことは、ある意味で怖い事とも言える!
 
自由民主党には警察官OBの議員もいるし、長い独裁政権で得た情報や、野党になったからと言っても警察や官庁にはコネがある。
 
だから、野党となった自由民主党は細川内閣の政策に対してでは無く、スキャンダル探しに没頭して細川首相を追求した。
 
自由民主党の卑劣きわまる追求によって、細川内閣は一年も持たずに総辞職した。この隙間を突いて、自由民主党は社会党と手を組んだのである。
 
もう、何でもありの自由民主党に成り下がった。政党とは何か、社会党との連立によって日本の政党間(共産党は別)でのイデオロギーなど、何処かに吹っ飛んだ。
 
政権を奪取するためにはイデオロギーなど関係ない、自由民主党はその時から既に壊れている。その様な政党が尚、現在も国政を動かしているのだ。現在、公明党と連立を組んでいる。
 
しかし、公明党が離れれば、もう自由民主党の政権は維持できない。選挙に勝てないからである。自由民主党の終焉は公明党頼りで維持されている。
 
そう言った面から、公明党の責任は大きい。長期政権は腐敗するが如く、そのように腐れ切っている自由民主党を助けている公明党は国民を見ているのか疑問で成らない。
 
小泉内閣時代から、いやいや、その前から自由民主党内閣は政策の失敗によって国民に巨額の債務を負わせた。
 
硬直化した予算編成、そんな中で噴出する監督官庁である行政府の責任が問われる問題が次々と噴出している。 
 
そんな中で国民の老後の生活を守る社会保険庁のずさんな仕事と、其れを監督する官庁のずさんさ等、諸々の隠れた問題が一気に噴出してきた。
 
それを自由民主党内閣の総理である安部氏は、これらの公的機関を切り捨てることで自由民主党政権を維持しようとしている。本末転倒と言うしかない。
 
何故なら、国民の暮らしを守るべき公的機関を民間企業化する、その発想はどこから来たのか。単に、長期政権に寄ってもたらされた堕落政治の責任を他に逸らす手段に使っている。
 
要するに国民を守るべき政府が自らの管理責任を放棄したのである。答えは簡単で、自由民主党は国民の生活を等閑して、自由民主党と言う政党の維持だけしか彼らの頭にはない。
 
この様な政党がそもそも政権を維持しているところに日本の議会制民主主義が問われて然るべきであると思う。
 
とにかく、政権交代無くして民主国家とは呼べない、これが私の持論です
 
今もそうだ、何等変わっていないのがマスメディアだ。29日、朝まで生テレビがあった。初めから全部を視たわけではないが、司会の田原総一郎氏は民主党の議員に対して、政権能力を批判する。
 
ハッキリ言って、現在の自由民主党政権は国民の為に何をしたのか、その検証の方がもっと大事だ。
 
国民ひとりに 600万以上の国の負債を負わせ、その政治責任さえ国民に謝罪したこともない。
 
勿論、議会制民主主義である以上、国会議員は選挙の洗礼を受けますが、政権政党として政権運営の失敗責任が曖昧であり明確ではない。
 
私は激しい口調で自民党を攻撃しますが、読まれた方はこの様に感じて欲しいです。戦後、日本国民は勤勉に働いてきた。
 
しかしながら現実を直視して、本当に国民のための政治であったか、私たちはもっとゆとりある生活が出来ても良い筈なのにと考えるでしょう。 ( 一部の裕福な人達を除いて )
 
その責任は長期政権にあぐらをかいて、国民の生活向上を省みなかった自由民主党にあると言える。 政治本来の目的が、残念ながら自由民主党政権には無かった。
 
その事は、今の日本で起きている様々な現状や、その問題の根本を辿れば一目瞭然と言えるでしょう
 
*-*
 
 2007年 7月 1日 ”風の道草”
      
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