死去から5年 ダンスでマイケルさん追悼 2014年6月22日

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※- 死去から5年 ダンスでマイケルさん追悼 2014年6月22日

ポップス界のスーパースター、マイケル・ジャクソンさんの命日に当たる6月25日を前に、ジャクソンさんの曲に合わせてダンスをして追悼するイベントが、22日、東京都内で行われました。

このイベントは、インターネットを通じた呼びかけに応じて集まったファンが、マイケル・ジャクソンさんの曲に合わせて一斉にダンスをする「フラッシュモブ」というスタイルで行われました。

このスタイルは5年前にマイケル・ジャクソンさんが亡くなった直後、スウェーデンのストックホルムで初めて行われたのをきっかけに、インターネット上の動画を通じて世界各地に広がりました。

命日を前に、22日は東京・江東区の広場に約350人のファンが集まりました。

そしてジャクソンさんのヒット曲、「Beat It(ビートイット)」が流れ出すと、中央にいる男性が踊り始めたのを合図に、ダンスの輪が会場いっぱいに広がりました。

ジャクソンさんが亡くなってことしで5年になりますが、ファンは増えているといわれ、若者に交じって親子でダンスに加わる参加者も目立つなど、ジャクソンさんの世代を超えた幅広い人気をうかがわせました。

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イベントでダンスをリードした山際伸二郎さん(47)は、30年にわたるファンで、ジャクソンさんが生前、チャリティー事業にばく大な寄付をしたことを知り、震災後、福島県の仮設住宅に通ってジャクソンさんのパフォーマンスを披露したり、仲間と集めたプレゼントを贈ったりする活動などを続けています。

山際さんは「マイケルへの感謝の気持ちを込めて踊りました。地球環境や子どもたちを守ることを訴え続けたマイケルの思いを受け継いでいきたいと思います」と話しました。

イベントを企画したグループの代表を務める奈良美香さんは「命日を前にマイケルへの感謝の気持ちを込めて踊ることができました。小さな灯をともすような活動を少しずつ広げていきたいと思います」と話しました。

≪ フラッシュモブに込めたファンの思い ≫

イベントを主催した「トリビュートツーMJ関東」の奈良美香さんは、マイケル・ジャクソンさんが来日した1987年のツアーを見てから夢中になり、来日のたびに友人と徹夜してチケットを確保するほどのファンになりました。

ジャクソンさんが亡くなったときCDショップに勤めていた奈良さんは、特設売り場を任され、みずからデザインしました。

「問い合わせが殺到し、とにかくすごく売れて、このために私はここにいるって思うほどでした。私なりに追悼できたかなって思いました」。

その直後の2009年7月、世界で初めてストックホルムで行われた「Beat It」のフラッュモブの動画をインターネットで見て衝撃を受けました。

「涙が止まらなくなって、その動画の最後に『これを世界中でフォローしてください』っていうメッセージを見て、これをやらなきゃと使命感を感じました」。

インターネットを通じて日本各地でファンが「日本でもフラッシュモブをやろう」と手を挙げ、ダンス経験のある奈良さんは「ダンスを教えることができます」とその輪に入っていきました。

その年の10月、関東では千葉の舞浜を会場に行われ、約200人が集まりました。

「悲しくて悲しくしかたがない状態の中で、みんなで神妙な思いで踊りました。マイケルが見ていてくれる、マイケルにささげたぞって思うと涙が止まらなくなりました」。

それ以来、毎年、イベントの運営に携わってきました。
イベントは純粋なファンの有志によるもので、寄付を募ったり参加費を集めたりすることはあえてしていません。

「無償だからいっぱい賛同してもらえるのかなと思います。単純にファンどうしが集まることが貴重だと思いますし、細くとも長く続けていきたいと思います」。

現在、埼玉県川口市に住む奈良さんは、25日に地元川口市でもイベントを企画しています。

「マイケルの命日ですし、その日にフラッシュモブをすることは私のこだわりなんです」。

≪ 社会活動家・マイケルの思い受け継ぐファンも ≫

この日、ダンスの中心にいた山際伸二郎さんは、「マイケルやも」という名でジャクソンさんのパフォーマーとしてボランティア活動に取り組んでいます。

高校2年のとき、大ヒットした「スリラー」のビデオに衝撃を受けて本格的にジャズダンスを始め、一時はプロのエンターテイナーを目指しました。

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2009年、イギリスで行われる予定だったジャクソンさんのツアー「This Is It」を見るためチケットと航空券を手配したやさきに悲報に接しました。

その直後、忘れられない体験がありました。

追悼集会が行われた代々木公園で、音楽もないのに自然とジャクソンさんのダンスを踊り出す輪ができて、そこに加わりました。

そのときだけ、悲しみに暮れていたファンが見せた笑顔に強い印象を受けたと言います。

「ダンスで笑顔が生まれるんだと。この人たちが笑顔になるために踊り続けたいと思ったんです」。

その後、第1回目のフラッシュモブに参加、さらに活動の転機となったのが、ジャクソンさんがツアーに臨む姿を追った映画「This Is It」の公開でした。

「映画の中でマイケルが、もう1度愛で世界を1つにつなげよう、4年で環境破壊を止めて地球を守ろうと訴えていたんですね」。

ばく大な寄付をしてきた社会活動家としてのマイケルの思いを自分なりに受け継ぎたいと考えたと言います。

最初に始めたのが参加者が社会貢献を報告しあう無料ライブ。

電車で席を譲ったり、ペットボトルのキャップを集めたり、とにかく何でもいいから1人が1つ、社会貢献をして報告してもらうという企画でした。

仲間と共に「アースデイwith(ういず)マイケル」という団体を作ってボランティア活動を始めました。

東日本大震災のあとは被災地にも目を向けました。

「マイケルは阪神淡路大震災が起きたとき、チャリティーソングを作ってくれました。生きていたら何をするだろうって考えて行動を起こそうと思いました」。

最初は被災地に向かうNPOに同行して現地でパフォーマンスを披露していましたが、2012年2月、初めて単独の仲間だけで福島県楢葉町の住民が避難生活を送るいわき市の仮設住宅を訪れました。

当時、大きな不安もあったと振り返ります。

「少しでも被災した方の心のケアにつなげたいと考えましたが、果たして被災地でマイケルのパフォーマンスを受け入れてもらえるのかと」。

しかし、意外なほど被災者の中で笑いが湧き起こり、ダンスの決めポーズ1つでも大きな笑いに包まれました。

「逆に、よほど笑いのない生活だったのかなと感じさせられました」。

それ以来、仲間で募ったカンパで購入したプレゼントを持って仮設住宅に通い続け、現地入りした数は17回に上りました。

住民のアンケートで、「癒やされました」「また来てほしい」などと寄せられることが活動の励みとなっています。

「自分たちもステージができて喜んでいただけるし、パフォーマーはもっと被災地に行くべきだと思います。この活動を続けつつ、マイケルが訴え続けた地球が何世代も先の子どもたちに受け継がれていくような社会を作る活動を考えていきたいと思います」

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