ブラジル:『3.11・東日本大震災』の復興祈る式典 2016年03月11日

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※- ブラジル:『3.11・東日本大震災』の復興祈る式典 2016年03月11日

3月12日、NHK website ー:多くの日系人が暮らすブラジルのサンパウロで11日に、東日本大震災からの復興を祈って式典が開かれました。

これは、サンパウロにある宮城県と福島県、それに岩手県の県人会が中心となって企画したもので、町の中心部にある東洋人街で開かれた式典にはおよそ100人が集まりました。

式典では、参加者たちが1分間の黙とうをささげたあと、菊の花を祭壇に手向け、震災で犠牲になった人たちを追悼しました。

そして、宮城県人会の中沢宏一会長が「ブラジルからも被災地に向けて、できる支援をしていきたい」とあいさつしました。その中で中沢会長は、福島県いわき市で農業の再生を目指して綿花が栽培されていることを紹介し、その綿花の種をブラジルでも植え、収穫した綿を商品化するなどして、被災地を支援しようと呼びかけました。

参加者たちは最後に復興支援ソング「花は咲く」を全員で歌い、被災地の復興を祈りました。

福島県人会の永山八郎会長は「移住した私たちも裸一貫でやってきた。夢と希望を持って頑張ってほしい」と話していました。

「綿で紡ぐ」ブラジルからの被災地支援

東日本大震災の次の年から毎年、ブラジルに住む日系人に呼びかけ、追悼式典を行っている代表者の1人、ブラジル宮城県人会の中沢宏一会長(72)は、1963年にブラジルに移り住んだ、宮城県気仙沼市出身の日系1世です。

中沢さんは気仙沼に住んでいた1960年にチリ地震による津波を経験し、そのときは自宅が高台にあったため、難を逃れました。

5年前の東日本大震災では、沿岸部にあった兄の自宅が流され、家族や親戚は無事だったものの、ブラジルから何か支援ができないか考えてきたといいます。

中沢さんは去年1月、福島県いわき市で震災後に栽培されるようになった綿花の種を、サンパウロからおよそ100キロメートル離れたアチバイア市にある自宅の畑で育て始めました。被災地を回り支援活動を続けている知り合いから送られてきた、いわき市の綿を使って作られている人形の中に「綿の種」を見つけたことがきっかけでした。

種は順調に育ち、6月には綿を収穫することができたということで、その種から苗木を育て知人に配っています。

中沢さんは今後、ブラジルで暮らす日系人やブラジル人とアイデアを出し合い、「いわき市の綿」を使った人形や衣服などの製品を作って販売し、その売上金を被災地に届けたいと考えています。

中沢さんは「東北から来た移民として復興を願わずにはいられません。いわき市の綿との出会いを大事にしたい。これからも多くの人に種を配れるよう準備していきたい」と話し、ブラジルから支援の輪を広げることに意欲を示していました

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