種子島宇宙センター・50年 2018年11月25日

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※- 種子島宇宙センター・50年 2018年11月25日

2018年11月25日・centers_tanegashima

画像は種子島宇宙センター website  より

種子島宇宙センター初打ち上げから50年・記念の一般公開

11月25日、NHK website -:鹿児島県の種子島にある国内最大のロケット発射場「種子島宇宙センター」は、昭和43年の初めての打ち上げからことし50年になります。

25日は、これを記念して、ふだん見ることのできない宇宙センターの施設が一般に公開されました。

鹿児島県南種子町にある「種子島宇宙センター」は、これまでに=170回以上、ロケットが打ち上げられている国内最大の発射場です。

ことしは、昭和43年9月に行われた初めての打ち上げから50年の節目にあたることから、25日は種子島宇宙センターが特別に一般公開され、親子連れなどの参加者がバスにのって敷地内を回りました。

このうち、高さ=80メートル以上ある「大型ロケット組立棟」では、特別ゲストとして宇宙飛行士の油井亀美也さんが登場しました。

建物の扉はその大きさから“世界最大の一枚扉”と言われ、油井さんが合図をするとロケットを載せる発射台が姿を現し、参加者はその迫力に驚いた様子でさかんに写真をとっていました。

このほか、25日はロケットの発射場やエンジンの燃焼試験場などの重要な施設も公開されました。

西之表市から訪れた7歳の男の子と父親は「大きくてすごかったです。今度は打ち上げを見てみたい」と話していました。

種子島宇宙センターの藤田猛所長は「この50年間で日本のロケットはめざましい発展を遂げてきたが、みんな宇宙が好きで夢を持って取り組んできたことが支えになったと思う。この先はもっと身近に宇宙にたどりつけるような移送手段を研究開発していきたい」と話していました。

< 種子島宇宙センター 打ち上げの歴史 >

JAXA=宇宙航空研究開発機構の種子島宇宙センターは鹿児島県種子島の東南端にある総面積およそ970万平方メートルの国内最大のロケット発射場です。

大型ロケット発射場の計画がもちあがった当時は、まだ沖縄がアメリカの占領下にあったため、日本では種子島が地理的に打ち上げに有利な“赤道”に近く、ロケットを飛ばす東南方向の安全を確保しやすいことなどから、発射場に選ばれました。

初めての打ち上げは今から50年前の昭和43年9月17日。

全長2.8メートルの気象観測用ロケット「SB2A」の9号機が種子島から打ち上げられました。

当時は、米ソが宇宙開発をリード。

国の威信をかけて大型のロケットを開発し、月面着陸などを目指していました。

日本は、世界レベルに追いつこうと、衛星を打ち上げるための本格的な大型ロケットの開発をようやく始めたころでした。

その後、昭和50年にアメリカの技術を導入するなどして開発した日本初の大型ロケット「N1」を打ち上げました。

そして平成6年には、悲願だった、純国産の技術でつくり上げた「H2」の打ち上げに成功しました。

さらに、平成13年には今の日本の主力ロケット「H2A」の打ち上げに成功します。

「H2A」の信頼性は高く、打ち上げ能力を向上させた「H2B」とあわせると成功率は、およそ97%と世界トップラスを誇り、最近は、海外からも人工衛星の打ち上げを受注するようになっています。

また平成21年からは無人の宇宙輸送船「こうのとり」も定期的に打ち上げていて、国際宇宙ステーションの運用に不可欠な食料やバッテリーを運ぶなど、日本は宇宙開発で欧米ともに高い技術を持つ国に成長しました。

種子島宇宙センターでは現在、日本の新しい主力ロケット、「H3」のエンジン開発なども進められていて、日本のロケット開発や衛星打ち上げの中心的な役割を果たしています

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10月の訪日外国人、2カ月ぶり増加=1.8%増 2018年11月21日

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※- 10月の訪日外国人、2カ月ぶり増加=1.8%増 2018年11月21日

2018年11月21日・訪日外国人

10月の訪日外国人=264万600人

2018年11月21日、日本政府観光局(JNTO)が発表した10月の訪日外国人客は前年同月比1.8%増の264万600人で、10月として過去最高だった。

台風21号や北海道地震など自然災害の影響は一部で残ったものの、クルーズ船の寄港や訪日旅行プロモーションの効果が出て、2カ月ぶりに増加に転じた。

この結果、1月~10月の訪日客数は前年同期比=9.7%増の2610万9300人に達した。

10月の国・地域別では、中国が前年同月比7.8%増の=71万5300人と最多。

韓国 8.0%減の=57万1200人
台湾 9.9%減の=37万9600人、
香港 9.9%減の=16万9500人と減少した。

韓国、台湾、香港では、昨年は10月上旬にあった休暇が、今年は9 月下旬と繰り上がったことも影響したという。

日本政府観光局によると、主な訪日外国人16カ国(中国、タイ、シンガポール、インドネシア、フィリピン、ベトナム、インド、豪州、米国、カナダ、英国、フランス、ドイツ、イタリア、ロシア、スペイン)で10 月として過去最高を記録した。

同局は「グローバルサイトでの情報発信のほか、関西ならびに北海道の観光復興に向けた支援事業等を実施し、旅行需要の回復に引き続き取り組んでいきたい」としている

Record China (提供=Bridge、編集・Yamaki)

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「ササラ電車」試運転・函館 2018年11月20日

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※- 「ササラ電車」試運転・函館 2018年11月20日

2018年11月20日・ササラ電車・函館

11月20日、本格的な冬の訪れを前に、北海道函館市で路面電車の線路に積もった雪を竹のブラシで取り除く「ササラ電車」試運転が行われた

「ササラ電車」は、車両の前後に取り付けた「ササラ」と呼ばれる竹を細かく割って束ねたブラシを回転させながら走る路面電車専用の除雪車です。

函館市内で路面電車を運行している函館市電は、明治時代に造られた車両を改造して「ササラ電車」として使っています。

20日は本格的な冬の訪れを前に試運転が行われ、整備の担当者が車両に「ササラ」がしっかり取り付けられているかどうかや、正常に回転するか点検しました。

そして実際に往復およそ5キロの区間を走り、「ササラ」や車両に不具合がないかを確かめていました。

函館市は、昨シーズンの冬は記録的な大雪となり、「ササラ電車」は過去10年で最も多い36回出動したということです

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安土桃山時代のキリシタンの絵 2018年11月19日

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※- 安土桃山時代『キリシタンの絵』 2018年11月19日

2018年11月19日・安土桃山時代-3

2018年11月19日・安土桃山時代 2018年11月19日・安土桃山時代-2
キリシタンが描いた絵か? 「受胎告知」などの墨絵

11月19日、NHK website -: 日本にキリスト教が伝わって間もない安土桃山時代に日本人の信徒、キリシタンが描いたとみられる宗教画が見つかりました。

聖書のさまざまな場面が和紙に墨で描かれているほか、ラテン語の祈りの言葉も添えられていて、専門家は最も初期の信仰の様子を知る重要な発見だとしています。

この宗教画は、キリシタンをめぐる歴史的資料を集めている神奈川県大磯町澤田美喜記念館の収蔵品の中から見つかり、横浜市歴史博物館が専門家などと鑑定しました。

和紙をつなぎ合わせた幅=22センチ、長さ=3メートル余りの巻物、「受胎告知」「聖霊の降臨」など、キリストと聖母マリアの生涯の15の場面が墨絵で描かれています。

かな文字で書かれた文章もあり、分析した結果、「聖体秘蹟の連とう」と呼ばれるラテン語の祈りの言葉を耳で聞き取って書き起こしたものと分かりました。

巻末には安土桃山時代にあたる「千五百九十二年」と書かれていて、和紙の成分の分析からも16世紀後半から17世紀前半のものと分かり、この年に描かれた可能性が高いということです。

この年はキリスト教が伝わってから40年しかたっておらず、日本人の信徒、キリシタンが見よう見まねで西洋の宗教画を模写して祈りに使ったとみられています。

この時期に日本画風の宗教画が描かれていたことはこれまで知られていなかったということで、横浜市歴史博物館の井上攻副館長は「最も早い時期のキリシタン絵画とみられ、祈りの言葉が添えられた絵が見つかったのも初めてとみられる。当時の庶民の信仰を知る上で重要な発見だ」と話しています。

< 聖母マリアの生涯描く >

今回見つかった宗教画は、キリストと聖母マリアの生涯を「聖母の喜び」「聖母の悲しみ」「聖母の栄光」の3つのテーマに分け、それぞれ5場面ずつ、合わせて15の場面を描いています。

一方で、ところどころに独自の解釈も見られます。

「キリストの誕生」の場面は、聖書では誕生したキリストが家畜の餌を入れる「おけ」に寝かされたと記されているのに対し、今回の墨絵では台の上に寝かされています。

「むち打ち」の場面は、多くの西洋絵画ではキリストは裸で柱に縛りつけられていますが、今回の絵では服を着たまま木の幹に縛りつけられています。

「キリストの復活」の場面は、墓から立ち上がったキリストに驚く兵士が描かれていますが、腰には刀がひもでつるしてあり、これは戦国時代の武士に多く見られた姿だということです。

一方、十字架にはりつけにされたキリストを描いた「磔刑」の場面は、キリストの部分が消えかけていて、信徒が祈りをささげながらここをこすったとみられています。

また、かな文字の文章は冒頭に「きりゑれいそんきりしてれいそん」と書かれ、これをラテン語として読むと「主よ、あわれみたまえキリストよ、あわれみたまえ」と解釈できるということです。

中盤の「はあにすひんきすゑはてるしゑれいくん」と書かれた部分は「豊じょうなパン、王たちの宝よ」と解釈でき、パンをキリストの体とする祈りを示しています。

15の場面を描いた宗教画は日本ではこれまでに3点が見つかっていますが、いずれも西洋画風なのに対し、今回の絵は墨で描かれ、より庶民的なほか、祈りの言葉が添えられたものが見つかったのは初めてです。

さらに、祈りの内容は「聖体秘蹟の連とう」と呼ばれるもので、日本での発見は2例目だということです。

< 岩崎弥太郎の孫 澤田美喜さんが収集 >

今回の宗教画は、実業家の岩崎弥太郎の孫で、キリスト教の信徒として児童養護施設を設立したことで知られる澤田美喜さんが生前に集めた資料の中から見つかりました。

澤田さんは外交官の夫と共に欧米での生活を経験し、昭和11年、アメリカから帰国する船の中で隠れキリシタンに関する本を読んだことがきっかけで、キリシタンに関心を持ちます。

しかし、その歴史的な資料が守られることなく散逸していることを知り、九州などで収集に乗り出しました。

およそ5年かけて1000点ほどを集めましたが、資料館を作って収蔵品を展示しようとしたやさきの昭和55年に急死し、多くの資料が整理されずに残されたということです。

今回の宗教画は、その後に作られた「澤田美喜記念館」が資料を整理する中で見つかり、当初は歴史的価値が分かりませんでしたが、横浜市歴史博物館のほか、和紙の年代測定を行った民間の分析会社、それに祈りの言葉や宗教画の型式などの分析にあたった複数の専門家などの協力で、重要なものと確認されたということです。

澤田美喜記念館の西田恵子館長は「キリシタンの歴史を何とか残そうと、特権階級のものだけでなく庶民の遺物も分け隔てなく集めた澤田の強い思いと行動力があったからこそ今回の発見につながったと思う」と話しています。

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紅葉シーズンの平等院ライトアップ 2018年11月16日

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※- 紅葉シーズン平等院ライトアップ 2018年11月16日

唐2018年11月16日・平等院・ライトアップ
『平等院』・京都府宇治市

11月16日、世界遺産に登録されている京都府宇治市の平等院で、17日から紅葉シーズンにあわせたライトアップが始まるのを前に、16日夜、報道向けに公開されました。

平等院では、より多くの観光客を呼び込みたいという周辺の店舗からの要望を受けて、去年から紅葉シーズンにあわせて夜間のライトアップを行っていて、ことしは17日から一般公開が始まります。

これに先立って、16日夜、報道向けに公開され、午後6時ごろに明かりがともされると、4年前の改修で創建当時の色合いを取り戻した鳳凰堂が赤く鮮やかに照らされて、みなもに映し出されました。

そして、本尊の阿弥陀如来坐像や屋根の鳳凰の像が金色に輝き、幻想的な光景をつくり出していました。

平等院の神居文彰住職は「仏の色でもある金色を美しく照らし出すことができたので、多くの人に楽しんでもらいたいです」と話していました。

平等院のライトアップの一般公開は、17日 から 12月02日までの 「金曜日」 から 「日曜日」 限って行われます

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